山崎元氏の「外国債券不要論」が迷走している気がします

「個人のポートフォリオに外国債券は不要」と説くのが外債不要論です。

経済評論家の山崎元氏が提唱しています。

私は外債不要論を理論っぽい衣を着せただけの自説に過ぎないとみています。投資理論的には無理のある話です。その点については過去にいくつか記事を書いています。

過去記事:外債不要論は、結局どうなの? に対する回答

今回は、情報を発信することについて


山崎元氏の外債不要論を検証


最近の「ホンネの投資教室」でも山崎氏は外国債券は不要と説いています。[外部記事]

冒頭部分を引用します。

投資家が集まるセミナー的なイベントで、筆者がよく受ける質問に「なぜ外国債券をポートフォリオに入れないのですか?」というものがある。


外債不要論の論拠が腑に落ちなくて、信じていいのか疑問を持つ人が多いのかなーと思います。

山崎氏は為替に関して、購買力平価と金利平価をごっちゃにして語っています。為替をヘッジしないオープンの動きと、為替をヘッジしたときの動きを整理せずに、為替オープンのリスクと、為替をヘッジをしたときのリターンの組み合わせで論を構成しているのが気になります。

なので元記事の「為替市場の原則論」はそのまま受け入れない方がいいでしょう。


アセットアロケーション


これまでは購買力平価と金利平価で外債不要論を語っていましたが、新たにポートフォリオの点が追加されました。

そこで使用されたデータを用いて、まずは同じものを作りました。

imp_ret_01.png

Imp.Retはインプライド・リターンです。とら検証用の列は再現の正しさを検証するため載せたものです。今回の検証では直接は関係しません。また、リスク拒否度と効用も気にしなくて結構です。

さて、重要なのはここからです。

外債のウェイトがゼロなのに注目してください。


外債は不要?


設定の期待リターン、リスク、相関の数値からは、外債の組み入れ比率はゼロと出ます。

それをもって山崎氏は「計算結果を見ると、リスクを下げる効果を求めて国内債券が3割以上入ってくるにも関わらず、外国債券の組み入れ率はゼロだ」「ポートフォリオ全体で考えても、外国債券を持つことは、割りが悪いのだ」と述べます。

んー

計算結果はその通りなんですけど、それって設定値次第です。

仮に、外債の期待リターンが1%ではなくて、1.5%ならどうでしょう。


前提を変えたとき


リスクと相関を変えないで、外国債券の期待リターンだけを1.5%に変えます。

そうするとこうなります。

imp_ret_02.png

ポートフォリオの期待リターンは先ほどと変わらず3.4%です。リスクは11.79%から若干下がって11.76%です。ほとんど変わりませんね。

注目は、外国債券のウェイトが9.67%となっていることです。

外債の期待リターンを1.0%から1.5%に変えただけで、最適な資産ウェイトはだいぶ変わります。


最適な資産配分


ちなみに、外債の期待リターンを2.5%にすると・・・

組み入れ比率は50%を超えます。

国内債券(4.1%)、国内株式(27.8%)、外国債券(53.9%)、外国株式(14.1%)で、ポートフォリオの期待リターンは3.43%、想定リスクは10.66%となります。

重要なポイント

資産配分がどうなるかは、当初の設定値と、ポートフォリオとしてどれだけのリターンを期待するかによって決まります。
外債の期待リターンを1%と設定したから組み入れがゼロなだけです。

期待リターンの決定は理論ではなく相場観です。
だから組み入れゼロをもって「外債が不要」と結論付けるのは理論的ではありません。

相場観として外債が不要と言ってるのと同じです。


投資理論っぽいもの


山崎元氏のコスト重視のスタンスはいいと思います。

もともとは外国債券に低コストで投資することができなかったときに、外債不要論が生まれたのかなと思っています。コストの高い外債に個人が投資する必要はないですよ、というのが外債不要論の出発点かと。

それなら分かりやすいんです。

ただ、そこに投資理論っぽいものを絡めるのは混乱を招くだけでしょう。

購買力平価にしても金利平価にしても、ポートフォリオの資産配分にしても、外債を不要とする論拠に乏しいです。理論的な整合性が保たれているようには思えません。

そもそも外債不要論は、国内債との比較で、期待リターンは同じだけれどリスクが大きいから不要としていたはず。その論拠と、今回持ち出してきた資産配分では、不要とする論拠が違ってきます。

結論を維持したいために無理に論を重ねているように感じます。正直、残念です。


思うこと


日本において投資がもっと一般化し、もっと多くの人が投資を経験するようになるには、情報を発信する側が分かりやすくて良質な情報を提供することも大事だろうと思います。

事実と意見は分けたいですし、理論と主観も分けたいです。断言できないことは断言できないままにしておきたいです。

投資情報の多くは、一つの意見や主観だったりします。

だから、それに従う必要はありませんし、違う考えだから間違っているわけでもありません。そういう考え方が投資の文化には大事なんじゃないかなと思うようになってます。

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