前提にある勘違い vs 結論ありきの前提 ホンネの投資教室に思うこと

山崎元氏の経済理論は一見すると理路整然としています。しかしよく読むと、ちょっとどうかなと思うものが多いです。

山崎氏は文章が上手いんでしょうね。

断定的な言い方です。専門家の肩書を持った人が自信たっぷりに言い切ると、無意識のうちに正しいものとして受け入れてしまいます。

ただ、それって危険なんです。


前提にある勘違い


ホンネの投資教室で「『経済成長』に賭けるより『マーケット』を信じよう」を読みました。[外部記事]

山崎氏は、他の人の書籍やセミナーについて、「話者の『前提にある勘違い』はやはり気になる。」と述べています。

前提にある勘違いとは、投資とは経済成長に賭けることだ、とか、資本主義の繁栄を信じるとか、そういう前提です。経済成長でも資本主義でもなく、「マーケットの価格形成機能」を投資家は信じるべき、というのが山崎氏の見解です。

私は、別に前提に勘違いがあるとは思わないし、特に気にならないです。

むしろ山崎氏の説の方に不自然さを感じます。


期待リターンに利益成長は関係ない?


引用元記事の「簡単な数値例」では

1. 利益成長が高い場合
2. 利益成長がゼロの場合
3. 利益成長がマイナスの場合

この3つの数値例を挙げて、利益成長が高くても低くても「それなりの株価」が付くとして、

 そして、いずれの場合も、理論株価で投資家が投資した場合の期待リターン(投資収益率)は6%だということになる。


と主張しています。

つまり、利益成長に関わらず期待リターンは同じだ、という結論です。

ん・・・

ちょっと腑に落ちません。


結論ありきの前提?


引用元記事は、どの場合でも金利1%、リスクプレミアム5%としています。

それなら期待リターンは6%で同じになります。

でも、

高成長国や高成長株のリスクプレミアムと、成熟した国や安定企業のリスクプレミアムは同じでいいんでしょうか。

議論のポイントは、前提の置き方が妥当かどうかです。

どうも結論ありきの前提の置き方のように思えます。


ちょっと考えると


トルコやブラジルなどの成長が期待できる(その代り失速する可能性も高い)国と、日本や欧州のように安定した国(その代り大きな成長は望みにくい)と、同じリターン・リスクとは思えないです。

ベンチャー企業への投資と、安定企業への投資も同じ考えです。

平均すると毎年20%の利益成長が期待できるベンチャー企業は、もしかするともっと高い成長を実現するかもしれませんし、もしかすると利益が半分になったり、赤字になったりもします。一方、事業のしっかりした安定企業は、利益成長はほとんどないかもしれませんが、毎年ほぼ同じような利益を出します。

この両社の株があって、どちらも同じ期待リターン(同じリスクプレミアム)で投資しますか?

相対的な関係で、ベンチャー企業には高いリターンを期待し、安定企業には低いリターンでも許容するのが自然ですよね。


論旨の飛躍


元記事では他にも気になる点があります。引用します。

市場が正しく機能しているなら、利益の成長率が高くても、低くても、投資家が負担するリスクに見合ったリスクプレミアムが実現するということだ。

 これで安心するというのは、いささか情けないかも知れないが、人口減少とこれに伴う低成長が予想される日本に暮らす投資家としては、ホームマーケットに投資しても、高成長率国の株式投資並のリターンを期待していいのだから、安心材料ではないだろうか。


ここには論旨の飛躍があります。

山崎氏の数値例では「リスクに見合ったリスクプレミアム」の話はしてないんです。

1. どんな成長でもリスクプレミアムは同じ、という前提
2. その前提で期待リターンは同じという結論
3. その結論から派生して、「ホームマーケットに投資しても、高成長率国の株式投資並のリターンを期待していい」

と論を組み立てています。

いや、そのりくつは・・・

1の段階で不自然な前提を置いてます。

なので、2以降の解説はそのまま受け入れることはできません。


思うこと


私は、成長があるところに投資すればいいとか、資本市場の繁栄を信じようとかは、全面的には信奉していません。

成長神話や資本主義神話は行き過ぎると違和感を覚えます。

一方で、成長と期待リターンは関係ないかのような山崎氏の説は、逆の意味で極端な話だなと思います。

結局はバランスですね。

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