クリスマスなんていらない “クリスマス格差”に思うこと

クリスマスが終わりました。

私が小さいころ、クリスマスってよく分からなかったです。保育園のときにそれらしい行事はあったのですが、あまりよく覚えていないです。


バブルとクリスマス


勝手な思い込みですけど、バブル経済の熱狂とともに日本でクリスマスが流行ったと思ってます。

きっと君は来ない・・・の山下達郎さんの「クリスマスイブ」は1983年。松任谷由実さんの「恋人がサンタクロース」は1980年です。80年代から90年代にかけてクリスマスが冬の風物詩になった感じがします。

ちなみに私が小さいころはバブル前なので、クリスマスの盛り上がりは無かったです。イルミネーションも無かったと思います。

あ、

靴下の形をした入れ物にお菓子が入ってるのをもらったことはあります。


さて、本題


「クリスマスなんていらない」という記事を読みました。[外部記事]

母子家庭の貧困問題です。

経済的な理由からクリスマスが重荷になっている親がいるという内容と、そういう家庭の子供たちにボランティアが絵本を届けるという内容です。

で、「こうした取り組みが行われた背景には、“クリスマス格差”が広がっていることがあるといいます。」とあります。

ん・・・

“クリスマス格差”ですか。

新しい言葉を作らなくてもいいのに、と思います。


クリスマスと貧困問題


クリスマスのときに思うのは、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」です。

貧しい夫妻が相手にクリスマスプレゼントを贈ろうとする悲喜劇です。私はこの短編が好きで、贈り物ってお金の問題じゃないんだなーと思います。

心を贈るのがいいですね。

贅沢な食事や値の張るプレゼントは無くても、温かいものでも飲みながら母子でゆっくり話をするのでもいいと思うんです。本を送る活動をしているNPOの人は「クリスマスに幸せな経験をすることは子どもの成長にとっても大きな意味があると思います」と言っています。

幸せな経験って、親子でゆっくり過ごすだけでも経験できますよね。きっと。


思うこと


「“クリスマス格差”が広がっている」という表現は気になりました。

他の家庭と”比較”するから、”格差”を意識してしまうのでしょう。

つい比較してしまいますが、でも、「余所は余所、うちはうち」の意識は大事ですね。

自分が何を幸せと思うか。

その基準は他者との比較ではなく、自分の中に持つようにしたいです。経済的にはそれほど裕福ではないにしても、誰かのことを思い、誰かに思われて、それで心が安らぐなら、それは幸せなことだと思います。

そんなことを思いました。

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3786:

賢者の贈り物、あれは素晴らしい本ですね。
私も大好きな短編です。
人と比べるから不幸になる、何となくわかる気がします。
マスコミが悪いとは言いませんが、勝ち組・負け組みなどと人と比べる内容が多いですね。
人は千差万別ですから、自分で幸せだと思えれば、それでイイのだと思います。

2017.12.26 21:48 八百祢 #- URL[EDIT]
3787:

うちはクリスマスのようなイベントはあまり重視しません
プレゼントの希望を聞いたら、普段充分なことをしてもらっているからいらないと言います
ケーキを買ったくらいで普通の夕飯でしたが、心安らかな一日でした
他人と比べたらキリがありません
手の内にあるもので幸せを感じられるってありがたいことです

2017.12.26 21:57 ともみ #- URL[EDIT]
3788:

※3786:八百祢さん
賢者の贈り物はいいですよね。
マスコミは勝ち組・負け組、一流・二流とかで線を引きたがりますが、あまり気にしないのがいいんでしょうね。
自分とまわりの人が平穏に過ごせれば、それだけでも幸せだと思います。

2017.12.27 19:03 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]
3789:

※3787:ともみさん
特にイベントを重視しなくても、普段から満たされているのはいいですね。
まわりを見すぎると幸せの感度が鈍ると思います。身近な幸せを感じられる感性を持っていたいですね。

2017.12.27 19:11 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]

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