カテゴリ:時事ニュース の記事一覧

同じ空間を共有するにふさわしい振る舞いについて

銀座ウエストのツイッターが話題になっています。

コーヒー1杯が1,000円弱の喫茶店です。

何でそんなに高いのかというと、コーヒー1杯に1,000円出してもいいと思う人が多いからですね。銀座という場所のブランドですし、ウエストのブランドでもあります。

残念ながら入ったことはありませんが、サイトを見ると店内は高級感があって一般的なカフェとは一線を画している感じです。

今回はふさわしいことの雑感です。


ツイッターの内容


大きな声を出したり、走り回るなどの行為が他の人の迷惑になる場合があるので、くれぐれもご注意くださいという内容です。

いくつか関連記事を読んだところ、お店のつぶやきを支持する意見もあれば、子連れで銀座に来るなということか、と批判的な反応の意見もあります。[外部記事1] [外部記事2]

視点の置き所によって、いろんな意見が出ると思います。

私が思うのは、子供か大人かに関わらず、それなりの値段のコーヒーを飲みに来ている人たちが集まる空間があって、その空間を共有するにふさわしい振る舞いができるかどうかなんでしょうね。


ふさわしいかどうか


複数の人が同じ空間を共有するとき、ふさわしい行為の感覚は大事だと思います。

ふさわしい行為ができない人や、ふさわしくない行為をやってしまう人は、遠巻きに扱われるかもしれませんし、場合によっては露骨に排除されたり攻撃されたりする恐れもあります。

騒音問題もそうです。

同じアパートや近隣住居といった広い意味での同じ空間の共有です。そこでは個人の自由と他者への配慮はバランスを取らないといけないですね。


ふさわしいの線引き


ふさわしい、どちらでもない、ふさわしくないの線引きは最終的には個人の価値観でしょう。

なので絶対的な正しさはありません。

私が考える線引きはこう。別の人の線引きはこう。似ているかもしれませんし似ていないかもしれません。多くの人の線引きが集まっていれば、それがいわゆる「常識」と呼ばれるのかなと思います。

逆に、多くの人の線引きが集まらずに分散していたら、意見が分かれる問題なんでしょうね。


思うこと


個人の自由と他者への配慮のバランスについて。

小さな子は自分の自由に傾きがちで、他者への配慮は希薄です。

大人になるにつれて他者への配慮が強まります。ただ、配慮しすぎると過剰適応で疲れてしまいますね。健康のため空気の読み過ぎには注意です。

理想としては

同じ空間に居合わせた人への適度な敬意を持ちつつ、あとは自分の思うままに振る舞う。それで迷惑をかけない。

そうなれたらいいな。

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なぜ高齢者のトラブルが後を絶たないのか? 高齢者が多いからでしょう

「なぜ高齢者のトラブルが後を絶たないのか」は、今日読んだ記事から取りました。

「高齢者が多いからでしょう」は、私が考えた答えです。

ちょっと誤解を招きやすいQ&Aですね。ただ、読んでいただけると意図は分かってもらえると思います。

今回は、高齢者トラブルって濡れ衣じゃない?について


また電車の席を占領


「また電車の席を占領…相次ぐ高齢者のマナートラブルは“社会的な孤独”が一因」という記事を読みました。[外部記事]

ん・・・

まず先に思うのは、孤独とトラブルを結び付けるのは、どうなんだろうと思います。

あんまり関係ない気がします。

まあそれはそれとして、別の部分も気になりました。引用します。

日本民営鉄道協会のまとめによると、2016年度に発生した、駅員などに対する暴力行為の2割が60代以上となっている。

一体、なぜ高齢者のトラブルが後を絶たないのか。


ん・・・

問題の設定が違う気がします。


高齢者のトラブル?


いきなり「なぜ高齢者のトラブルが後を絶たないのか」って問われると、「なんでだろう?」と考えてしまいますね。

高齢者のトラブルが多くて、高齢者は問題を抱えているように感じます。

ところが、駅員などに対する暴力って、高齢者に特有の問題じゃないです。データを取ったところ、年齢別でキレやすいのは30代です。

kire.png

60代は普通です。


グラフの見方


グラフの左側は、20代から60代の、10年ごとの人口比です。[データ出典]

グラフの右側は、元記事にあった図の「2016年度 鉄道係員に対する暴力行為の加害者」の比率です。

10代を入れるとあまり鉄道を利用しない人たちも含まれてしまうので、20代から60代で100%となるようにしました。


問題の設定が違う


途中で「問題の設定が違う気がします」と書きました。

人口比で見たら、危険なのは30代で、穏やかなのは40代と50代。60代の暴力件数は、人口との比較では特におかしな点はありません。

人数が多いんだから、件数も多くなるでしょう。

というのが率直な感想です。

なお、人口比ではなく、鉄道の利用者比で見るのがベターですが、その情報は入手できませんでした。鉄道の利用者比で見ると別の解釈ができるかもしれませんが、現時点ではひとまず、高齢者が特にトラブルを招きやすいとは思っていないです。


思うこと


本来なら高齢者問題でないのに、ちょっと強引に高齢者問題にしている気がします。

いやぁ・・・

生きていれば、やがて誰もが高齢者になります。

自分が高齢者になったとき、高齢者がキレやすく、孤独で、トラブルメーカーで・・・なんて、高齢者をひとくくりにして問題視しないで欲しいなぁと思いました。

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愛媛県の受刑者が逃走して9日 サバイバルに思うこと

愛媛県今治市の松山刑務所から受刑者が逃走して9日目です。

広島県尾道市の向島内に潜伏しているらしいです。近隣の方は気が休まらないかもしれません。早く解決するといいなと思います。

さて、地元の方からすると不謹慎かもしれませんが、今回はちょっと別の角度から考えました。


究極のサバイバル?


意外と見つからないんだ・・・というのが率直な感想です。

刑務所からの逃走なので着の身着のままで、所持金もないでしょう。報道によると車上荒らしなどで服やお金は手にしたようですが、お金を使おうときに店で発覚しそうな気もします。

飲み水くらいなら自動販売機で買えるかもしれませんが、食料品の入手は大変じゃないかな。

と思ったら、果樹園が多くミカンが収穫期なので食べ物は手に入りやすいのでは、との報道がありました。

雨風をしのぐのに空き家を利用している可能性があるそうです。向島は空き家が1000軒と多く、潜伏していたら見つけるのは時間がかかるみたいです。


思うこと


衣食住って、意外と手に入りやすいのかも。

究極のサバイバルとなれば、空き家に住んで自然の恵みを失敬して・・・で生きていけるのかも、なんて思います。

あ、いや、

もちろん、空き家に住み着いて、他人の果樹や畑の作物を食べたらいけません。それ以前に刑務所から脱走もいけないんですけどね。

今回の事件で思うのは、生活が便利で楽な東京の方が生きやすいのか、住む場所や食料が調達しやすいところの方が生きやすいのか、という点です。

どうなんでしょう。

結論はないです。(^^;

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土俵の女人禁制と非常時の対応に思うこと

大相撲の春巡業で、挨拶をしていた舞鶴市長が土俵の上で倒れました。くも膜下出血です。

観客の女性が土俵に上がって心臓マッサージをしたのですが、その時に流れた「女性は土俵から降りてください」とのアナウンスが問題になってます。

土俵は女人禁制というしきたりです。


心臓マッサージ


女性が2人、土俵に上がって心臓マッサージをやってました。

心臓マッサージは重労働なので一人では大変です。複数人いれば交代で続けることができます。ニュースの動画を見る限り、倒れてすぐの時間に適切な処置をしてもらえた幸運なケースだと思います。

緊急時に適切な行動がとれる人がいた。

それがたまたま女性だったわけですね。


平時と非常時


人を助けるときはしきたりに縛られないのがいいですね。

ときには伝統や規律を破ることも必要です。

江戸時代の話で、石出帯刀の切り放しの話があります。

火事と喧嘩は江戸の華と言われるように、江戸時代は火事が多かったそうです。伝馬町牢屋敷の長官である石出帯刀は、収監者を火災から救うために独断で「切り放ち」(非常時の一時的な囚人の解放)を行ったことが著名です。

牢屋に閉じ込めておけば、逃げられない囚人はそのまま焼け死にます。

命を救うべく牢を開け放って逃がしても、その後に囚人が戻ってこなければ石出帯刀の自分の首が飛びます。(腹を切ることになります)

結末は全員が戻ってきたという話です。[参照]


非常時の対応


非常時の対応は平常時とは違っていいはず。

伝統やしきたり、ルールといったものは、秩序を維持して安定をもたらします。それらに従っていれば概ね大丈夫なので非常時でも平常時の延長で考えがちです。

ただ、ときには伝統や規律を破ってでも優先させなきゃいけないことはあります。

懸命に心臓マッサージを続けた女性たちはカッコ良かったです。

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統計学は決して数学ではない? 高校で統計学の必修化について

2022年度から施行される新指導要領の案が公開され、高校の数学教育に携わる人々に激震が走っているそうです。[外部記事]

震源は、高校2年の数学(文理共通)で統計が必須となり、その代りベクトルが高校3年の理系に移ったことです。

今回は統計と数学についての雑感です。

数学が好きでない方もぜひお付き合いください。


高校の数学教育で変わること


統計学が必須になり、ベクトルが必須から外れます。

引用した元記事は会員制です。非会員は途中までしか読めないので、途中までの内容で言及しますと、元記事の筆者は統計が必須になることをネガティブにとらえています。

引用します。

文系にとってもっと有益な分野があるなら、ベクトルを排除しても仕方ないが、統計学にはその価値はない。なぜなら、統計学は決して数学ではないからだ。


たしかに統計学と数学は別ものと考えてもいいかもしれません。

ただ、全く関係ないわけじゃなく、重なる部分は多い気がします。また、統計を教科に入れるとしたら、数学に入れるのが最もしっくり来ます。


演繹的と帰納的


数学の必須でベクトルがいいか、統計がいいかは意見が分かれるでしょう。ただ、私は、文型理系を問わず、高校生が統計を学ぶのは意義があると思ってます。

統計的な思考法は持っていて損はないです。

元記事では、数学は演繹的、統計は帰納的として、全く異なるアプローチを取るとしています。その結果、元記事の筆者は「数学と統計学は全く異なる性質の論理」と述べています。

私は、だからこそ統計を学ぶべきという意見です。


数学は理解する、統計は解釈する


数学は理論を積み重ねて結論を導きます。その理論に矛盾や誤りがなければ、結論は正しいものとして受け入れることになります。なので、数学は理論を理解することが大事になります。

一方、統計は、ばらつきのあるデータを取り扱って、そこから何らかの傾向や特性を見出すものです。分析の結果、何の傾向も見られない、という結果も時として重要な意味を持ちます。

統計の場合

データ分析したところ、ひとまずの結論として、こうだよねーという結果が出た。でも、その確からしさはこのくらい。だから、まあ、この結論でいいんじゃないかな。どうかな。

みたいな世界です。ちょっとくだけすぎですが。

数学は結論を導くことに意味があり、統計は、結果を解釈することに意味があると思います。


統計的アプローチの重要性


統計はウソをつく。

と、よく言われますね。

実社会でもよくあります。都合のいいデータだけを示して結論付けるのはよくある手です。

それに対して、

え?でも、こういう分析もしてみないと不十分じゃない?とか、別の期間のデータを持ってきても成り立つの?とか、そういう感覚を持つのに統計学は役に立ちます。

高校の数学でどこまでやれるかはさておき

統計的な思考法に触れるのは大事だと思います。

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