カテゴリ:難しい問題を考えてみた の記事一覧

原理主義的な人は、間違った情報を察知できない傾向

本質を理解せず、ひとりよがりの判断を真理として主張する人や、基本的な理念や原理原則を厳格に守ろうとする人がいます。前者は独断的な人、後者は原理主義的な人です。

このような人たちは、間違った情報を察知できない傾向が高いみたいです。

今回は、情報を読み取ることについて


独断的な人、原理主義の人


「独断的な人、原理主義者の方がフェイクニュースを信じやすいという研究結果(米研究)」という記事を読みました。[外部記事]

興味深かった点を引用します。

最もフェイクニュースを信じやすかったのは、分析的・積極的オープン思考のスコアが低く、かつ妄想的・教条的・原理主義的傾向のスコアが高い人であった。

 このことから、妄想のような考えの持ち主、教条的な人、宗教の原理主義者がフェイクニュースを信じやすいのは、そこに分析的な思考や積極的でオープンな思考がないことと関係があるのでは、とブロンシュタイン氏は推測する。


教条的・原理主義的 vs 分析的

なるほど、と思えます。


ちょっと補足


引用元記事にもありますが、この結果からは因果関係は分かりません。

分析的な思考が苦手で妄想的な特性と、誤った情報でも信じやすいこと、は相関がありますが、

1. 分析的な思考が苦手で、妄想的だから → 誤った情報でも信じやすい。
2. 誤った情報でも信じやすい特性を持っているから → 分析的な思考が苦手で、妄想的になりやすい。

1か2かは分からないです。

相互に作用しているかもしれませんね。


投資に関連して


引用した元記事を読んで思ったのは、投資に関連した情報についてです。

フェイクとまでは言いませんが、私の感覚では問題のある情報があります。

たとえば前回の「積立王子の記事に納得がいかない」とか、過去記事の「山崎元氏の「外国債券不要論」が迷走している気がします」とかです。

前者は、資産配分のブリンソンの論文を都合よく使っています。後者は、最適資産配分の数値を都合よく使っています。

引用元記事の表現を借りると、どちらも「誤解させるような政治的プロパガンダ」に近いのかなと思います。


思うこと


特定の人を名指しして、その人の意見はウソ、という意図は全くありません。念のため。

大事なのは、ちゃんとしたメディアに載っている記事でも、専門家が書いた記事でも、そのまま全部を鵜呑みにするのは危険なケースがあるということです。

事実関係が分かる(はずの)「事実」の報道なら、ファクトチェックができます。

悩ましいのは事実や理論っぽく見せているけど、その実は「意見」や「プロパガンダ」の記事です。ひとつ一つの記事を疑ってかかっては疲れてしまいますが、無条件、無批判に読むのは危険です。

クリティカルリーディングが必要ですね。


蛇足ながら


クリティカルリーディングとは

内容、形式や表現、信頼性や客観性、引用や数値の正確性、論理的な思考の確かさなどを「理解・評価」したり、自分の知識や経験と関連づけて建設的に批判したりするような読み


です。[出典:文部科学省]

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プロパガンダのコツ 投資との関係で思うこと

プロパガンダのコツは4点あるそうです。

ヒトラーの「我が闘争」のプロパガンダ手法を、近現代史研究者の辻田真佐憲氏は次の4点にまとめています。[参照]

(1) 白と黒、敵と味方をはっきりさせ、グレーゾーンを許さないこと。
(2) 同じことをボットのように何度も繰り返すこと。
(3) 論理ではなく感情に訴えること。
(4) ごちゃごちゃいうインテリは無視すること。


今回は、プロパガンダについて


敵と味方をはっきりさせる


グレーゾーンを許さないのはプロパガンダの基本です。

ナチスドイツもそうですし、現代の米国でも同じ手法が使われました。2001年9月11日の同時多発テロの直後に行われた、ブッシュ元大統領の次の演説は有名です。

Every nation, in every region, now has a decision to make. Either you are with us, or you are with the terrorists.

すべての国に対して「米国の側に立つのか、それともテロリストの側に付くのか」と二者択一を迫ります。

国によっては、いやぁー、テロリストの側に付くつもりはないけど、そうかと言って米国のやり方に全面的に賛成というわけじゃないんだよねー、というスタンスもあるはず。しかし、それを許さない迫り方です。

(1) 白と黒、敵と味方をはっきりさせ、グレーゾーンを許さないこと。

まさにこのやり方です。


批判も大きい


ものごとを単純に二分化して選択を迫るやり方は批判も大きいんです。

そりゃそうですよね。

世の中にはYes・Noで単純に決めきれないことが多いですし、敵でもなければ味方でもない関係も多いです。善悪の基準も単純ではありません。

多くの大人は、それを知っています。


とは言え、分かりやすい


白と黒、敵と味方をはっきりさせると分かりやすいです。

単純だから強力です。

投資の話でもありますね。

ファンドで白黒を付けますし、投資法でも白黒を付けます。金融機関でも白黒がありそうです。「これが白だ、これ以外は黒だ」と主張するのをよく読みます。

でも、それってどうなんだろう。

そんなに単純じゃないでしょ、って思ってしまいます。


思うこと


投資の話は複雑です。

単純に割り切れるものではありませんし、AさんとBさんで同じ投資法が良いとは限りません。

いつでも、誰にでも適用できるベストな投資法があるなら話は簡単です。

でも、そういうものはありませんね。

絶対的な正解もないし、絶対的な間違いもないと思えば、やはり自分に合ったやり方で自由にやるのが良いと思うんです。

「これが白だ、これ以外は黒だ」の考えにとらわれる必要はないですね。

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金融庁のサイト「教えて虫とり先生」に思うこと

金融庁サイトの「教えて虫とり先生」が話題になっていますね。

話題のサイトはこちら。[参照]

話題の中心は、金融庁のサイトに対する批判や苦言と、それに対する反論です。論点はいくつもあるようです。

で、金融庁のサイトを読んだのですが・・・

中央官庁の公式サイトに載せる内容としては違和感あるなー、というのが率直な意見です。


論点整理


まずお断りですが、投資ブロガーの虫とり小僧さんの発言内容の是非を論じるものではありません。インデックス投資ブロガーとしての見解は、一つの見解として尊重すべきものだと思っています。

金融庁の職員の発言も、個々の発言は発言として、その内容の是非を取り上げるものではありません。

考えたいのは、金融庁の公式サイトに掲載することの是非です。

仮に内容に問題は無かったとしても、掲載することに問題がある

のではないか、という論点です。


前提となる考え


投資の基本として

絶対的に優れている(常に優れている)投資法は無い。

という考えを持っています。

無い、ことを説明するのは難しいので、こう考えてもいいですね。

仮に優れた投資法があるなら、そしてそれが常に成り立つ事実であるなら、論じる必要はないです。優れた投資法を実践すればいいはずですね。でもそうなっていません。

アクティブ投資vs.パッシブ投資。ドルコスト平均法vs.一括投資。バイアンドホールドvs.途中(一部)売却。これらが永遠のテーマなのは、誰もが納得する明確な答えが無いからです。


金融庁の意図


金融庁の公式サイトから引用します。

若手の社会人(1年~3年目)に対する資産形成のアドバイスをしていただくため、金融庁で開催している個人投資家との意見交換会、つみたてNISA Meetup(略してつみップ)にゲストとして何度もご参加いただいている投資ブロガーの虫とり小僧さんにお越し頂き、金融庁若手(入庁1年~3年目)との座談会を開催しました。その模様をまとめたもので、今回は第1回。複数回に分けて掲載予定です。


さて、資産形成のアドバイスをしていただくための座談会です。

この後に「参加者のコメントは、個人的見解に基づいて書かれたものであり、当庁の見解、意見等を示すものではありません」と書かれています。

参加者のコメントは金融庁の見解や意見を示すものではない、という点は、表向きはそれでもいいと思います。

しかし、この座談会を掲載する判断は金融庁が下しているわけです。

金融庁の職員を対象に純粋にアドバイスをもらうためなら掲載する必要はないです。写真撮影までしているわけですから、最初っから掲載する意図があるわけです。

金融庁の意図としては、非公式の衣を着せた座談会形式で金融庁の見解を載せる。そこにあるのかなと感じました。


考えのまとめ


長く書きました。ここで私の考えをまとめます。

まず、投資法について。

特定の投資法が優れているかどうかは分からないです。特定の投資法を実践するのは個人の自由ですし、表現を含めて座談会の内容の是非を論じるものではありません。


金融庁の意図について。

座談会を掲載したのは金融庁の公式サイトです。しかし、中央官庁はすべての国民に対して公平・公正であるべきで、特定の投資法を公式サイトに掲載して、金融庁の意見を代弁させるような形を取る手法には違和感を覚えます。


金融庁は積立NISAをテコに金融業界に変革を迫ったり、個人投資家には資産形成の方法として「長期・積立・分散」を推奨しています。

今回の取り組みはその延長線上にあると思いますが、ちょっとやり過ぎな気がします。


思うこと


行政の行動として、民間の業務や個人の選択に過介入すべきではなく、政策の実現は明文化したルールに基づくべきだと思うんです。

投資信託で手数料が問題なら、手数料の上限を規制するのが分かりやすいです。4階建てなどデリバティブを使った投信が問題ならデリバティブを規制すべきですし、毎月分配が問題なら分配の回数や要件を規制すべきでしょう。

規制するのが目的ではなく、ルールを明確にして、その中で自由にやるべきという考えです。ルール上はOKなのに不透明で分かりにくい行政指導があると、業界はそれを忖度するようになります。

そのコストって、結構高くつくんですよね。癒着とか天下りとか。今回の金融庁のやり方は、行政のべき論から考えて疑問を感じました。

私は投信のコストも気になりますが、行政のコストも大いに気になるんです。

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宿題代行業者に規制をかけるべきか

宿題代行業者に規制をかけるべきとの主張を読みました。[外部記事]

宿題代行業者とは、読書感想文や自由研究などの夏休みの宿題を有料で丸ごと請け負う業者のことです。それなりにニーズがあるようで、引用元記事によると宿題代行サービスの利用は増えているようです。

で、引用元記事の筆者は、宿題代行業者に規制をかけるべきとの主張です。

さて、どうでしょう。考えてみました。


規制すべきとの主張


規制すべきとの主張の論拠を整理します。

1. 宿題代行は虚偽である。
2. 虚偽で成果を出すことは間違ったことで、正直で誠実であることのほうがずっと重要だ。
3. 親はそのことを子供に伝えるべきだ。

として

本来なら親が自主判断すべきだが、そろそろ学校や教育委員会は公式見解を出すべきだし、政府は代行業者に規制をかけるべきはないだろうか。


と締めくくっています。


論拠は価値観


論拠は価値観ですね。

代行は自分でやったものではないので、それを提出するのは良くないという価値観です。

その点は特に違和感はありません。

一方、実社会に目を転じると、企業では業務のアウトソースはいくらでもあります。すべてを自前で揃えるのは難しいし、そのための人を維持するのはコストもかかります。必要な部分で外部の力を借りるのはよくあることです。

委託者と受託者のお互いの合意によって、委託者ブランドで製品を出すこともあります。

なので、実社会の価値観としては、外部委託と考えればそれもありと言えばありかな、とも考えられます。


2つの視点


宿題は自分でやりましょう、というのが教育的には望ましい姿でしょう。

自分のことは自分でやるのが望ましいですし、宿題の代行業者は、ビジネス的な生々しさがあるので、子供の状況によっては早すぎる現実かもしれません。

一方、子供はいつまでも子供でいるわけではなく、少しづつ現実世界の仕組みも学んでいきます。

その過程で、すべてを自分でやるわけにはいかず、場合によっては外部の力を借りることもある、ということを学ぶ局面も出てくるかもしれません。

教育的な視点からは眉をひそめるとしても、現実としては需要があるようです。

教育と現実の2つの視点、あるいは、自分のことは自分でやるという視点と、必要に応じて外部の力を借りるという別の視点の両方で考える必要がありそうです。


思うこと


宿題代行業は使いたくない人は使わず、使いたい人は使う、そういう棲み分けでいいと思うんです。いろいろ理由はあっても、論拠が価値観なら強制はしにくい話になります。

「私は気に食わないから利用しない」
「私は気に食わないけど、便利だから利用する」
「私は気にしないで利用する」

との意見なら、どれも尊重できます。

ただ、

「私が気に食わないから規制すべきではないだろうか」
「私は教育上問題があると思うから、規制すべきではないだろうか」

との主張なら、そこまで言わなくてもいいんじゃないかなって思います。

私はたぶん利用しないと思いますが、他の人の利用を規制したいとは思いません。

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日本の資産運用ビジネスと家計の期待 日経の社説に思うこと

日経の社説に大いなる違和感を持ちました。[外部記事]

日本の資産運用ビジネスは家計の期待に応えられていないのではないか、という問題提起です。読んだところ

いやぁ、ポイントはそこなのかな・・・

という思いです。

今回は、資産運用ビジネスについて考えてみました。


上から目線の注文


新聞の社説って、上から目線で注文をつけるパターンが多い気がします。

冒頭部分を引用します。

日本の資産運用ビジネスは家計の期待にこたえきれてないのではないか。そんな疑問が改めて強まっている。長い目でみて顧客にふさわしい商品を提供し、投資が成果につながる資産運用サービスの担い手として質を高めてほしい。


「そんな疑問が改めて強まっている」

って、人ごとのように言っていますが、具体的に誰が疑問を強めているのでしょう。

主語を明確にして「日経新聞社は、そのような疑問を改めて強めている」とすべきですね。社説なのだから日経新聞の意見として述べるのがふさわしいです。

日経新聞社が、疑問を強めている。

だから、日経新聞社は、資産運用ビジネスを行う企業に対して、「質を高めてほしい」との注文を付ける。

こういうロジックで社説を述べたほうが明快ですね。


日経の社説を検討する


今回の日経の社説で気になるポイントをあげます。

金融庁の調査によると、銀行29行で3月末時点で投信を保有する顧客のうち、46%が損失を抱えていた。売却して利益を得た顧客は含まれないといった集計ではあるものの、半数近くが損をしているのは厳しい結果だ。


この論はちょっと強引ですね。

日経新聞の別の記事でもネット上でも議論されていますが、結果をどう解釈すべきかは一筋縄ではいきません。私は、計測の目的と調査手法が妥当なのか(整合的なのか)に疑問を持っています。


もう一つ気になる点


もう一つ気になる点があります。

投資の成功体験がなかなか広がらない。長引くデフレなど環境の難しさもあるだろう。しかし、短期的な収益を狙うような商品を金融機関が設計して提供し、それを購入した顧客が結果として高値をつかんでしまう繰り返しから抜け出せていないのではないか。


これはちょっと乱暴な議論だと思います。

投資は、投資家が自分で判断して行うものです。

金融機関がどんな商品を設計して供給したところで、投資家が受け入れなければそれまでです。理念としてはですけど。

1. 金融機関が供給するから、投資家が需要するのか。
2. 投資家の需要があるから、金融機関が供給するのか。

需要と供給は相互作用でしょう。どちらか一方だけが成り立つとは思えません。だとすると、1.だけを念頭に話を進めても議論が上滑りしそうな気がします。


さて、質を高めるべきは?


質を高めるのは資産運用ビジネスを行う企業だけで十分でしょうか。

もちろん資産運用業の質が向上することは望ましいです。しかし、それ以外にもプレーヤーはいます。

そもそも資産運用はマクロ経済の影響を強く受けます。少なくとも日本経済のかじ取りについては、日本の当局の質を問う必要があります。

投資の情報を収集・分析し、投資判断を行うという一連の流れを想定すると、投資情報の取り扱いも大きな要素です。情報を発信する人たちの質の問題もあります。

また、情報を吟味せずに、いい加減な情報や偏った情報を流すとしたらメディアの質も問われます。射幸心や不安を煽る記事も度が過ぎれば問題です。

さらには、投信や株式に投資するとき、その投資判断を行うのは投資家ですから、最終的には投資家の質の問題でもあります。


思うこと


低コストで分かりやすい投資信託もあれば、複雑でマニアックな投資信託もあります。

窓口で対面でアドバイスを受けながら投資する方法もあれば、ネットでサクッと投資する方法もあります。

選択の自由度は大きく、きちんと選択すれば自分に合った投資ができます。金融庁や評論家やメディが喧伝する「あるべき投資」ではなく、「自分に合った投資」です。

あるべき投資と自分に合った投資は、重なる部分もあれば重ならない部分もあるでしょう。自分に合った投資は自分で納得するしかなくて、逆に考えると、自分が納得すればそれでいいはずです。

日本の資産運用ビジネスに問題が無いとは思いませんが、幅広い選択肢は用意していると思うんです。だからそちらはひとまず置いて、投資家側に思いを向けて

自分に合った投資を模索する投資家の努力も大事じゃないかなと思いました。

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