カテゴリ:難しい問題を考えてみた の記事一覧

投資が広まらない一つの要因

「貯蓄から投資へ」と言われてずいぶん経ちます。

1996年から2001年にかけて行われた「日本版金融ビッグバン」のころからです。銀行による投資信託の取り扱いが解禁されたのは1998年。それから20年です。

投資へと言われて20年。

思ったほどには投資は一般化していない気がします。

日本で投資が広まらない理由はいくつかあると思うのですが、今回は「投資に関する情報の質」について考えました。


極端な事例ばかり


ウェブ上で見かける事例は極端なものが多い気がします。楽して簡単に1億円作れるというのもそうですし、株式に投資したら10分の1に激減したというのもそうです。

今回目にしたのは「65歳定年男性が陥った株式投資の危ない心理」という記事です。[外部記事]

5,000万円で株式投資を始めて、あっという間に500万円に。資産が10分の1に激減したというお話しです。

本当なの?

というのが率直な感想です。


現実味に欠けると思える理由


今回の記事は腑に落ちない点が多いので、ちょっと長いですが引用して検討します。

お父さんは、遺産を手にするまで全く投資をしたことがなかったので、証券会社の窓口に行って情報を収集。証券会社のオススメの株を中心に投資をしていました。ところが買った株のほとんどが値下がりしてしまうという深刻な事態に陥ってしましました。

しかも、それだけではなかったのです。損を取り戻そうと、付け焼き刃の知識で信用取引(証券会社などからおカネと株を借りてする取引のこと)にも手をだしてしまったのです。しかし信用取引でも失敗、買った株がどんどん値下がりし、ついには、追い証(追加証拠金の差し入れ)までしなくてはいけなくなったそうです。


これで5,000万円が500万円になってしまったそうです。

ん・・・

金融機関を悪者に仕立ててます。付け焼刃の知識で失敗したとあります。投資アドバイザーにとって都合のいいストーリー設定なのも現実味に乏しいと感じる要因です。


元記事の違和感


元記事では5,000万円が500万円になったとあります。

現物も信用も、株の値下がりで損をしたそうです。普通に買い持ちですね。売りで入って踏み上げられた訳じゃなさそうです。

ここ数年の投資環境を考えると違和感を覚えます。

また、本当の話だとしても、かなり極端な事例だと思います。


思うこと


投資が広まらない一つの要因として、極端な情報が多くて良質な情報が少ないことも影響しているのではないかなーと思ってます。

極端な情報は読まれやすいです。

恐怖心を取り除く方向では楽して1億円とか、これだけで1億円とか。逆に恐怖心を煽る方向では10分の1とか、株式投資で退職金がスッカラカンとかです。

注目されれば読み物としては成功でしょうが、この手の記事は投資家の裾野を広げることにあまり寄与しないと思うのです。むしろ副作用の方が大きい気がします。

株式投資のリスクをどう語るか。

難しい問題ですけど大事なポイントのように思います。

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いらない土地を放棄できる制度 2020年までに

いらない土地を放棄できるようになるかもしれません。

政府は、管理できない土地の所有権を所有者が放棄できる仕組みを検討するそうです。2020年までに不動産登記法や民法などを改正する見込みです。[外部記事]

なかなか興味深いニュースです。


土地の問題


過疎地域の土地は将来、負の遺産である「負動産」になると言われてます。

田舎に住む親の土地を相続したものの、子供は都会暮らしで使い道に困るなんて話もあります。所有者移転登記は義務ではないので相続しても登記しないケースもあって、いつの間にか真の所有者が分からなくなっている土地もあります。

所有者の分からない土地は、2040年には北海道と同じくらいの面積になるとの試算もあります。

この先、お亡くなりになる人も増えるわけで、今のうちから登記制度をテコ入れしないと土地所有制度がごちゃごちゃになりますね。


登記の公信力


元記事にはこうあります。

所有者の氏名や住所が正確に登記されていない土地について、登記を担う法務局の登記官に所有者を特定する調査権限も与える。19年の通常国会に不動産登記法改正案を提出する。

 登記と戸籍の情報を連携させ、所有者の情報を調べるシステムもつくる。マイナンバーへのひも付けも検討する。自治体が把握できる所有者の死亡情報と国が管理する登記情報を結び付け、現在の持ち主を迅速に調べられるようにする。


けっこう大きな変更ですね。

登記官に所有者を特定する調査権限を与えたり、マイナンバーとひも付けするなら、相続登記だけでなく、すべての所有権移転登記を義務付けて、法人による所有まで含めて登記に「公信力」を持たせることも検討してはどうかなと思います。

難しいのかな・・・

ちなみに、ドイツとイギリスは登記の公信力はあるんですよね。[参照]


放棄のルール


話は土地の所有権放棄に戻ります。

元記事では「政府は所有権を手放すことを認める場合の要件や、手放された土地の受け皿を詰める」とあります。

放棄が認められる要件は気になりますね。

なかなか認められなかったり、放棄するのにそれなりのお金がかかるようだと、それはそれで上手くいかない気がします。

どういうルールになるのか気になります。

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生活保護者にジェネリック医薬品は不公平? 毎日新聞の社説に違和感

公平の基準はけっこう難しい問題です。

みんなで育てた稲をどうやって分けるか。農機具を提供した人もいれば借りる人もいますし、体力があってたくさん働ける人もいますし、虚弱体質で思うように貢献できない人もいます。

人数で均等割りするのは必ずしも公平ではないですね。

また、力のある人がほとんど持って行き、力のない人は少ししか取れなければ、それはそれで不公平です。

だいたいこんな感じかな。

と、多くの人が妥協できるラインが落としどころなんでしょう。


生活保護者に後発薬


生活保護法改正案が成立する見通しです。[外部記事]

生活保護受給者の医療費を抑えるため、受給者には原則として低価格の後発薬(ジェネリック医薬品)を処方することになります。

ジェネリック医薬品は、新薬と比べて溶け方や塗り心地など感覚的な違いはあるようですが、有効成分で実質的な違いは無いようです。

まあ、少なくとも新薬でなければいけない、とか、ジェネリックだと不都合がある、といった問題は基本的には無いのかなと思います。

私はジェネリックを原則とする(義務付ける)ことに賛成です。


毎日新聞の社説


もやっとしたところを引用します。

生活保護費の膨張は抑えなければならないが、受給者だけ後発薬を義務づけることには異論も根強い。
(略)
生活保護の受給者だけをターゲットにするよりも、国民全体で後発薬の使用を進める方が医療費を抑える効果ははるかに高い。お金のない人を自動的に後発薬とすることによる差別感を避けることにもなる。
(略)
社会的公平性を守りながら、医療制度を持続可能にするには何が必要か。公的医療が担ってきた社会に対する国民の信頼や連帯感についても深く考える必要がある。


さて、どうでしょう。

社会的公平性の問題なのかな・・・と疑問を持ちます。

100%でないにしろ自己負担が発生する人は自分の基準で新薬かジェネリックかを選ぶ。自己負担の無い人(100%公費の人)は、公的に決められれた基準で医療サービスを受ける。

そういう整理でいいのではと思います。


思うこと


社会に属する人たちが、まあ妥当だよね、とか、許容範囲だよね、と思えるあたりが公平のラインだと思っています。

で、思うのは、社会の総意としての公平感を著しく損なう政策は紛糾しやすいということ。

今回、そんなに話題になっていないということは、逆に考えると、ジェネリック薬の義務付けにそれほどの異論は出ていない気がします。

毎日新聞の社説に「社会的公平性を守りながら、医療制度を持続可能にするには何が必要か」とありました。

生活保護受給者にジェネリックを原則義務付けるのは社会的公平性を損なわないと思いますし、医療制度を持続可能にする一つの取り組みでもあると思うんです。

毎日新聞の社説と私とでは公平感のラインが違うようですね。

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金融庁への逆風について

かぼちゃの馬車の問題で金融庁に逆風です。

かぼちゃの馬車のブランド名でシェアハウスを運営していたスマートデイズに対し、スルガ銀行が問題のある融資をしていました。

スルガ銀行には金融庁の特別検査が入っています。

まあ、スルガ銀行の経営に問題があるのは明らかとして、銀行を監督する側の金融庁にも逆風が吹いています。

今回は金融庁について


金融庁への逆風


ウェブ記事をご紹介します。

産経の「金融庁、『高収益』と絶賛 監督姿勢に疑問符」です。[外部記事]

引用記事のポイントは「金融庁の監督姿勢の是非も問われそうだ」としている点です。

金融庁の監督姿勢についてですが、これまでの金融庁は、地銀に対して、債券への投資を減らし中小企業への融資を増やすよう圧力をかけてきたと思います。

個人に対しては貯蓄から投資へ、銀行に対しては債券から融資へです。


金融庁への批判


産経の記事から引用します。

(金融庁は)スルガ銀を地域再生に向け、新たなビジネスモデルをつくった代表例として度々取り上げてきた。
スマートデイズの経営破綻で、スルガ銀のビジネスモデルは“詐欺の片棒”とまで揶揄(やゆ)される事態となると、金融庁はスルガ銀への立ち入り検査に着手。「シェアハウスの融資体制を絶賛していたわけではない」として、手のひらを返すような対応を取った。


手のひら返し・・・

後知恵バイアスですが、今回のかぼちゃの馬車の事案では、シェアハウスに投資した投資家にも、スマートデイズにも、スルガ銀行にも問題があり、それだけでなく金融庁にも問題があったように思えます。

金融と不動産がタッグを組んで安易な信用供与を行えば、その後に待っているのは不良債権です。


金融庁の任務


金融庁は「日本の金融の機能の安定を確保し、預金者、保険契約者、金融商品の投資者その他これらに準ずる者の保護を図るとともに、金融の円滑を図ること」を任務としています。(金融庁設置法3条)

金融庁が進める地銀の構造改革や経営改革も重要だとは思いますが、信用リスクを取るように仕向けることには慎重であるべきと思います。

過去記事:日本型金融排除 預金者の立場で考えたこと

過去の記事では、銀行がリスクを取ることについて考えました。その際、銀行はそれほどリスクを取れる主体とは思えないことを書きました。

スルガ銀行の高収益体質は、高リスクの裏返しです。

金融庁はビジネスモデルを持ち上げるよりは、高い収益の裏にあるリスクを気にすべきだったのだろうと思います。それが金融庁の任務に忠実な姿だと思います。

また、担保不足や信用力の劣る企業への投融資については、金融庁は銀行(預金取扱金融機関)にリスクを取らせようと促すのではなく、銀行とは違った業態の育成を図ったり、小口証券化して投資家に持ってもらうとかも含めた市場の整備を進めるのがいいと思いますね。


思うこと


これまでのところ、金融庁は銀行や個人にリスクを取らせようとしてきたと思います。

もちろんリスクを取るのは悪いとは思いませんが、金融庁が推し進める点にやや違和感を持っています。

このタイミングで金融庁に対して批判的な意見が顕在化してきたのは健全なことだと思います。アベノミクスによる日銀と金融庁の政策はそろそろターニングポイントかもしれません。

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日本の中高年男性は、世界一孤独だそうです

近い将来 日本では孤独と孤立は無視できない問題になる!

との予測があります。

「20XX年 日本経済 バブル崩壊襲来の年になる!」に近いかなという気もしますが、ともかく孤独が日本の国民病になりつつあるそうです。

今回は、孤独について


世界一孤独


「世界一孤独? 日本の中高年男性が絶対無視できない『悲しき未来』」という記事を読みました。[外部記事]

日本人は、世界一孤独な国民なんだそうです。

あまり実感はないですけど。

元記事では「世界一孤独な日本のオジサン」という本を取り上げて、その内容を紹介していました。興味深かった点を引用しますが、元記事からの孫引きになります。

「ありとあらゆる病気を引き起こす可能性のある最も危険なリスクファクターである孤独」(p.10)のリスクは、1日たばこ15本を吸うことに匹敵し、肥満の2倍高い。
さらに心疾患リスクを29%上げ、20%早いペースで認知機能が衰え、アルツハイマーになるリスクが2.1倍になるという。


孤独、恐るべし・・・

禁煙とか、メタボ検診とか、成人病(生活習慣病)の予防とか、あまり意味ないですね。

と、思うのですが、なんとなくしっくりこないです。

1. 孤独がリスクを高めるのか
2. 心疾患などの病気を抱えたり認知機能が衰えたりしたことで、人付き合いが減って孤独になるのか

そのあたりのメカニズムを知りたいところです。


中高年男性の孤独


話題は少し変わって、元記事のメインテーマである日本の中高年男性の孤独について。

元記事では、孤独問題と、中年男性の問題と、この2つが混在しています。読んだ感じは後者のジェンダー論の比重が重い感じです。

孤独というと男性の問題のように語られます。

そこが気になるんですよね。

女性に孤独の問題は無いんでしょうか。


女性の孤独


女性と男性の差として、古代からの役割分担を考えます。

女性は集団の中で子育てや農耕の共同作業が多いことから、共感する能力が磨かれて他の人と良好な関係を築きやすい。一方、男性は狩猟に出たり他部族と戦ったりすることから、攻撃的、競争的になりやすく孤独に陥るリスクが高い。

こんなイメージを持ちやすいと思います。

確かに女性と男性では、生物的にも、社会的にも違いがあります。共感の女性、競争の男性といった傾向はあるかもしれません。

ただ、だからといって女性が孤独と無縁ではないと思います。


思うこと


孤独を、性別と絡めて社会問題として取り扱うのは妥当なのかな。

定年後の男性は孤独。女性は共感力で地域に溶け込んでいる。

だとしたら

私はかえって気が楽です。

孤独がデフォルトですから。女性なら大変だと思います。孤独でないのがデフォルトですから。

男性の問題として語られる社会問題は、同時に、(間接的ながら)女性の問題として読むこともできそうです。

そんなことを思いました。

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