生活保護費切り下げは憲法違反 提訴に思うこと

「生活保護費切り下げは憲法違反 滋賀の受給者12人が集団訴訟」というニュースがありました。[外部記事]

生活保護費の引き下げは生存権の侵害にあたり、憲法に違反するとの主張です。

今回は、権利の主張と満足することについて


生存権


生存権は憲法25条です。

日本国憲法 第25条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


有名な「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」ですね。

さて、その権利をどう考えるかです。


生活保護を受給する権利


生活保護を受給する権利について最高裁の判断があります。

朝日訴訟と呼ばれるものです。

原告の朝日氏が、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利にもとづいて生活保護給付の増額を争った行政訴訟です。朝日新聞は関係ありません。

さて、判決文から一部を引用します。(参照

憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。


健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものである。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつても、直ちに違法の問題を生ずることはない。


赤字部分がポイントだと思います。

生存権は強い権利ではないんですね。しかも健康で文化的な最低限度の定義は、厚生労働大臣の裁量に委ねられています。


行政訴訟の原告


今回の滋賀県での提訴では、「生活保護費は3年間で平均6・5%削減されており、憲法が保障する最低限度の生活を営めないとして」提訴に踏み切っています。

訴訟の背景や原告の生活保護者の実情が分からないので何とも言い難いのですが、ただ、最高裁の判例を見る限り、原告側が考える最低限の生活に足りないから現金をもっと給付せよ、我々にはその権利がある、と主張するのは無理筋な気がします。

最低限の線引きは厚生労働大臣の裁量ですし、生存権は具体的な給付請求権ではありませんから。


思うこと


生活保護はセーフティーネットです。

あくまで、必要とする人だけ、必要な時だけ、必要な額だけ保護を受けるものですよね。

生存権を盾に生活保護の切り下げは憲法違反と主張するのは無理があります。自分が思う最低限度の生活があって、生活保護では足りないから訴訟に踏み切ったのでしょうが、裁判では勝てる見込みは低いと思います。

なので取るべき手は2つですね。

1. 働いて収入を得る。
2. 自分が思う最低限度の生活を、生活保護費の範囲内に収める。

で、思うのですが

2.の考え方ができないと、いつまでも満たされない思いを抱えることになりますね。

ブログ村:よろしければ一押しをお願いします。
にほんブログ村 株ブログ 投資信託へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
 
3610:

憲法って条項によって優先度とレベルとかがあるんですかね?
27条をはたしてから25条をって感じですかね。都合のよいところでだけ。働けば?といいたい。でなければ、ある資金の範囲内で生活すればと。

第二十七条
すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

2017.09.25 23:31 煙々 #- URL[EDIT]
3611:

※3610:煙々さん
憲法違反を主張する人は自分に都合の良い条文しか見ない傾向がありますね。

ある資金の範囲で生活するのが大事だと思います。もっと欲しいと思って満たされない思いを強くするのは不幸だと思います。

2017.09.26 22:00 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]

管理者にだけ表示を許可する