夕日の沈むまで 人にはどれほどの土地がいるか

小学生のころ、学校で見た映画に「夕日の沈むまで」というのがあります。

舞台は外国です。

うろ覚えですが煉瓦造りの建物があったりして、欧州のどこかの国のようでした。街があって町外れから荒野といいますか、ひろーい平野がありました。

今回は「夕日の沈むまで」について


夕日の沈むまで


覚えているのは単純なストーリです。

ある男が土地を手に入れようとします。

スタート地点から一日のうちに回りきった場所を手に入れることができます。歩いても走ってもOKです。一日かけての陣取りです。

一日で囲った土地ならばどんな広さでも手に入ります。

ただし、

日の出から始めて、「夕日の沈むまで」にスタート地点に戻ってこないといけません。

スタート地点に戻って来れなければ、1平方メートルの土地も手に入りません。


覚えていること


男が歩いて、ひたすら歩くシーンが続きます。

延々と歩きます。

疲れ切っても黙々と歩きます。

既に十分な土地を回っているのに、良さそうな土地があると遠回りしてその土地を手に入れようとします。

で、だんだんと日が暮れてきます。

夕日が沈む前に、スタート地点に戻らないと土地は手に入りません。男は焦ってきます。

焦りますが体力は消耗しています。疲れ切った体に鞭を打って必死に戻ります。足は重たいのに、ふらふらになりながら気力で身体を前に進めます。

何でそんなに・・・

男の必死さを覚えています。


悲しい結末


で、その男は夕日の沈む前に戻って来ました。

しかし

戻ってきたとたん、バタッと倒れてそのまま息を引き取ったのです。

亡くなれば広大な土地は必要なく、ただ亡骸を埋めるためのわずかな土地があればいい。

夕日が沈んでいくオレンジ色が悲しい雰囲気だったな・・・

と、今になって思います。


原作はトルストイ


最近知ったのですが、「夕日の沈むまで」はトルストイのロシア民話「人にはどれほどの土地がいるか」が原作です。

調べたところ舞台は「バシキール人」の住む土地のようです。ロシア連邦を構成する「バシコルトスタン共和国」ですね。

バシキール人はもともとは遊牧民らしく、土地の所有は大らかだそうです。(本当かどうかは分かりませんが)。

一方、土地を手に入れようと歩き回った男はロシアの農夫で小作人です。自分の土地を持ちたいという思いが強かったんですね。


人にはどれほどの土地がいるか


けっこう悩ましい問題ですね。

亡くなればほとんどいらないです。せいぜい亡骸を埋めるくらいですが、それも永遠ではありませんね。

生きている間にどれくらい必要か。

農家なら生計を維持できる広さの農地が必要ですし、誰でも雨風しのいで快適な生活を送れる広さの住宅が必要ですね。

一日かけて歩き回れる土地は広すぎかな。

土地もお金も同じかもしれませんね。

たくさんを追い求めすぎると、かえって破綻してしまう。

少なすぎず、多すぎず。ちょうどいいくらいが望ましいのかもしれませんね。


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人にはどれだけの土地がいるか



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3280:

この話、ロシア民話だったんですね。
遊牧民が背景にあるのでずっとモンゴルの話だと思ってました。

お金は、、、ちょっと足りないくらいがちょうどいいかと。
その方が一生懸命働くのではないかと ← 怠け者の口から出た言葉とは思えない(汗。

2017.05.04 09:33 塩蔵 #- URL[EDIT]
3282:

※3280:塩蔵さん
ロシア民話ですね。私もずっと知らずにいましたけど。(^^;

なるほど、お金はちょっと足りないくらいがいいですね。あともうちょっと、の気持ちで上手くいくことは多そうですね。

2017.05.05 20:28 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]

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