断捨離ではなく、守破離を考えてみました

断捨離という言葉が流行りましたね。

入ってくる物を断って、いらない物を捨て、執着から離れるという意味です。断捨離はシンプルにスッキリさせる術に使われることが多いようです。

で、今回は断捨離ではなく「守破離」について


守破離


守破離は剣道、茶道、書道などの「道」の修行における到達段階を表します。(参考サイト

守:先人の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。書道なら楷書。真似る、模倣する段階。

破:殻を破る段階。いままで学んだことを基礎として、自分の知能や個性を発揮して新たな型を創造する段階。書道の行書。アレンジする段階。

離:型にとらわれることなく、自由自適に振る舞える段階。書道の草書。独創性の段階。

武道や芸術に限らず、多方面において示唆に富む考え方です。


たとえば


守の段階は教わった通りに実践します。

料理ならレシピ通りに作ります。勝手に砂糖を増やしたり塩を減らしたりしてはいけませんね。まず基本通りにできることが大事です。

で、考えながら料理していると・・・

いや、ここで砂糖を減らしてもいいよね

とか、

食材を変えてもいいよね

と思いますよね。

上手くいったらそれを採用すればよく、上手くいかなかったら基本に戻るのがいいですね。基本の上に、自分のアレンジを乗せることで一歩前進するんだと思います。


「守」で満足という考え方


一方で別の考え方もあります。

教わった通りのことができれば満足。私にとって料理は人生の一部でしかなく、他にもっとやりたいことがある。

なので、レシピ通りに作れればいい。それ以上のことを考えるのは時間のムダ。

そういう考え方もありだと思います。

そういう人は、料理に関しては「守」の段階に留まるのがいいんでしょうね。


自分はどっちなのかな


ある分野において、「守」の段階に留まる方が満足度が高い人もいれば、その先の段階に進みたい人もいますよね。

武道や芸術だけでなく、仕事や趣味、教育や生活様式、投資でもそうです。

留まるか・・・

進むか

ですね。


双方向


「守」で基本を極めてから「破」に進むべき。守も満足にできないうちから破に移ろうとするのは失敗の元。

そういう考えもあるでしょう。

でもね、と。

基本を一通り学んだあとは、破に移って上手くいったらそれを採用すればよく、上手くいかなかったら基本に戻るのがいいと思うんです。

つまり、双方向ですね。

進んでも不可逆的ではないので、いつでも初心に戻っていいんですよね。


思うこと


基本に留まるか。一歩進むか。

進んで初めて見えてくるものもあるでしょう。進んだことで基本の大事さが分かることもあります。

私は、いろんなことについて、できるなら「破」に進みたいです。「離」の境地に至れるかは分かりませんが、「守」から「破」に進むのは本人の意思によるところが大きいと思うんです。

まずは真似して、学んで。

そして、考えて、悩んで、殻を破っていきたいですね。

脱皮できない蛇は滅びる。その意見を取り替えていくことを妨げられた精神たちも同様だ。それは精神ではなくなる。(ニーチェ)


精神も肉体と同じように新陳代謝が必要なんでしょうね。

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3076:こんにちは~、再び。

連投でごめんなさい。
「守破離」、深いですね~。
万事万年初心者な私は、いろいろ考えさせられました~。

守の延長上に、「破」という「アクション」が存在するということを認知できた感じです。面白いです!

2017.02.20 01:46 のろのろ #- URL[EDIT]
3080:

※3076:のろのろさん
守破離、深いです。(^^;
殻を破るのは大変ですけど、やってみると見えてくることもありますね。

2017.02.20 19:11 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]

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