iDeCo(イデコ)の言葉の響きで思い出したこと

個人型確定拠出年金の愛称がiDeCo(イデコ)です。

制度について思うことは過去記事、「ブームに乗れない性格なのかな 個人型確定拠出年金のこと」に書きました。

今回は、iDeCoとは全く関係ない雑文です。


イデ・・・


イデコという言葉の響きについてです。

なんとなく引っかかっていて、ようやく思い出したフレーズがあります。

「いでや、この世に生まれては」です。徒然草です。

しかも、徒然草のトップ、第1弾の語り出しです。


徒然草


「つれづれなるままに、日くらし、
硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ。」

この有名な文は序段です。

1330年くらいの随筆と言われています。今から700年くらい前ですね。

で、

いでや、この世に生まれては、は序段に続く第1段の出だしです。


徒然草 第1段


「いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。」

いやぁ、せっかくこの世に生まれたんだから、こうありたいと願うことはたくさんあるよね、という出だしです。

続きをつまみ食いしながら現代風に意訳しますと、

皇位を願うのは恐れ多いからそれは置いておいて、摂政や関白のような貴族はもちろんだけど、貴族に仕える舎人のような官吏でもなれたらいいよね。

あ、

僧侶はダメね。

清少納言にも「人からは木っ端のように思われる」と書かれちゃってるしねー。

という感じです。

兼好法師は僧侶に厳しいですね。


もう少し読み進めると


共感したところをご紹介します。

「ひたふるの世捨て人は、なかなかあらまほしき方もありなむ。 」

ひたふる(一途)な世捨て人は、かえって理想的な生き方をしている人もいるだろうという点です。

この文の前に、僧侶が名声という煩悩に悩まされていることが書かれています。高僧の対比として、世を捨てた人の中に理想的な面を見ることができるだろうと続きます。

名声や富や権力を追い求めると苦しく、距離を取って世捨て人になると心穏やかで満ち足りた精神に至る。

のでしょうね・・・

と、人生でまだ悟りを開き切れない私は思います。


昔の随筆


イデコの言葉の響きから、ああそういえば昔、いでや・・・なんとかってのがあったなーと思い出して徒然草に至りました。

たまに古典に触れるのはいいですね。

昔の随筆と、いまのブログ。

あまり変わらないよね

とも思えます。

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