読書感想文 「杜子春」 芥川龍之介

秋の夜長の読書感想文です。

むかし学校で読んだ小説を読み直しました。「杜子春」は国語の教科書にも載っているので読んだことはあるのですが、記憶はだいぶ薄れています。「杜子春」と「羅生門」が重なったりしますし。

あれ、どっちだっけ?

仙人が杜子春、老婆が羅生門。

今回は、杜子春の読書感想文です。


ストーリーはシンプル


まず思ったのは、大人になってから読み直すことで、新たな感想を得るものだなという事です。

教科書で読んだこともあり、テレビのアニメでも見たことがある話です。描写の妙を除いて、ストーリーだけをとらえると比較的シンプルな内容です。

シンプルな話だけど、思うことはたくさんあります。

シンプルだから深い、と言うべきなんでしょうね。


お金より大事なものがある


金銭による贅沢な暮らしと、人間らしい正直な暮らしと、どちらに幸せがあるのかという点が一つのテーマです。

表面的にとらえると、

お金より大事なものがある。

ですね。


私が思ったのは、もう少し違います


杜子春は2回、仙人に会う前の「元は金持の息子」だったころを含めると3回、贅沢な暮らしを経験します。最初はいい家に生まれて、2回目は仙人の力で、3回目も仙人の力で。その間、酒池肉林の贅沢と、その後の尾羽うち枯らす生活に堕ちるのを繰り返します。

で、思うのは・・・

人は、一回では学びきれない事もあるよね。

ということです。

人は、同じ過ちを繰り返す。そういう弱さがあるでしょう。

もちろん一回で学び、仙人の力で贅沢になったときに質素倹約に励んで、そのまま老後まで過ごせばいいんですけどね。ただ、人はそう簡単にはいかないですよね。


沈黙を破る意味


あと、無言の行にも思うことがあります。

仙人は「たとひどんなことが起らうとも、決して声を出すのではないぞ」と言って、杜子春を一人にします。

外部のことに心を惑わされずに、沈黙して静かに自己を保つのは、キリスト教の修道士の修行にも、インドのヨガにも、日本の禅にもあります。

仙人が、杜子春に沈黙を課したのは、深く自己の内面に入っていかせるためなのかな

そうであるから、葛藤の末に杜子春が発した一言は、迷いのない、心からの一言なんだろうな・・・

そんなうがった読み方もできます。


ラストの仙人の言葉が素晴らしい


仙人には鉄冠子という名前があります。

鉄冠子は、「ではおれは今日限り、二度とお前には遇はないから。」と言い、杜子春から去るのですが

これに続いて去り際の最後の一言があります。

それが感動的です。

私が杜子春なら泣くでしょう。


最後の一言が気になる方は、こちらから杜子春をお読みください。
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秋の夜長、かつて読んだことのある本を読み直すのもいいものです。

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