一番楽なのは自然死 読書感想文「『平穏死』のすすめ」

“もはや物事を考えること、喜怒哀楽を感じることさえもできなくなった人に対して、強制的に栄養を補給することは本当に必要なことなのでしょうか。”


“我々はとかく、栄養補給や水分補給は、人間として最低限必要な処置だと反射的に考えますが、それはまだ体の細胞が生きていくための分裂を続ける場合の話です。老衰の終末期を迎えた体は、水分や栄養をもはや必要としません。無理に与えることは負担をかけるだけです。”


最近読んだ「『平穏死』のすすめ」の一節です。


私の死生観


私の理想は、西行の歌にある

願わくば 花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

です。

旧暦の如月は、二十四節季で啓蟄から春分、広く取って雨水から穀雨のころです。現代歴では2月下旬から4月の中旬ですね。

冬の寒さが緩んで、日差しが力強さを増してくるころです。

そんな季節に桜の下で本でも読んで、ついうとうと昼寝をして、そのまま眠るように・・・というのが理想です。そのまま夜を迎えて月に照らされるのもいいですね。満月じゃなくても、欠けている月でもいいです。

おだやかに、平穏に、そして自然に。

心と体に限界が近づいている状況なら、病院で胃瘻を施されて延命してもらうより、自然のまま衰弱させて欲しいです。


平穏な死


著者の石飛幸三氏の主張は終始一貫しています。

いたずらに延命をすることは、死に行く人にとっても苦痛が大きいという点です。

食事をよく噛むことができなくなり、飲み込む力が弱まった老人に対し、栄養と水分を直接胃に送る胃瘻が施されますが、石飛氏はこれに否定的です。老人のQOL(Quality of Life、生活の質)の点で、もっと言えば人間としての死生観の問題としてです。

平穏におだやかに死を迎えるために、自然な死に方を選ぶことが望ましいという考え方です。

私もそう思います。


悩みの多い問題


本を読んだ感想は複雑です。

私は自分の問題としては、口から食事が摂れなくなったら静かに死を迎え入れたいと思っています。ただ、それは現時点での考えなので老齢になったときにどう思うかはわかりません。

これから少しずつ、平穏で自然な死に方を望むように心を固めていくのかもしれません。

で、悩ましいのは、自分だけの問題じゃないということです。

死に行くのは必然なのに、それを1日でも、1時間でも先延ばししたいという思いはあります。それは自分の命についてではなく、私が大切に思う人の命についてです。

自分は延命はいらない、静かに死にたい。

でも、自分が大事に思う人には少しでも長く生きていて欲しいと願う。

その複雑な思いが、介護、医療の現場での葛藤になっている。それが本から読み取れます。


答えはすぐに出ない


私が買ったのは448円の文庫版です。

ワンコインで買える本。

ですが、書かれている内容はそれ以上の価値があります。

三宅島の老人の話、認知症になった妻を介護する夫の話。それぞれに感情移入してしまいます。老人の切実な声を著者が代弁している部分では、長生きすることが目的化することの是非を考えてしまいます。

生きているのか、生かされているのか。生きたいのか、そうでないのか・・・


老化と死は自然のこと。

自分と、自分の大切な人に必ず起きることです。

どのように死を迎えるか。

答えを出すのに必要なものは、価値観と覚悟でしょうか。


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1768:

http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3755.html

先月放送のクロ現で、『終末期鎮静』なるものを知りました。
癌は怖いです。
でも、自分で意思表示できるのはありがたいかもと。

病院勤務時代、患者さんの老い方、逝き方を目の当たりにして、
キレイに年を重ねること、苦しまず逝くことに憧れる私がいます。


来週は義父の一周忌です。
救急に運んで最後に交わした会話、ICUでの10日間、
点滴によりどんどん浮腫んでいく体、多臓器不全の怖さ、
昨日のことのように思い出します。

義父はICUで最高のスタッフに囲まれ、幸せでした。
聞き齧りで得た私の拙い知識が役に立ち嬉しかった反面、
血縁関係のない私が先頭に立って、治療方針を決めたことは
家族に託されたとはいえ、いまだに涙が溢れることがあります。
(昇圧剤と強心剤の投与を中止。4日後に穏やかに逝きました)

一番の後悔は、義父が肺炎をこじらせて動けなくなる前に、
家に酸素を常備して、しんどい時間を減らしてあげられなかったこと。
トイレや入浴でも肩で息をしていたんです。
その時は突然訪れるので気づけないんですよねぇ…。

私も平穏死が希望ですが、家族には難しい問題ですね。
葬儀も同じく。
本人が簡素でいいと思っていても、残された者にも事情がありますし。
義母の希望(主に世間体…苦笑)で大きくやりましたが、
喪主だった相方は斎場やお寺と相談を進めながら、違和感を持ったと。
成人した子供たち(義父にとって孫)が歩けないほど号泣していたのに、
相方は終始冷静沈着、一筋の涙も流さず。
何を想っていたのやら…。

重い書き込みでごめんなさい。

2016.02.13 20:25 みみん #yLibkmaY URL[EDIT]
1769:

大切な人は一日でも長く生きていてほしい
でも自分は延命治療は望まない・・
私もとらさんと同じ矛盾を感じています
難しい問題ですね
でも自分が望まないことは
大切な人も望まないと思おうとしています
実際その状況になったらわかりませんが・・

大切に思える人がいることを
ありがたく思います

2016.02.13 22:42 ともみ #- URL[EDIT]
1771:

※1768:みみんさん
先に逝く人にどんなにベストを尽くしても心残りはあるものだと思います。
喪主さんは何かと大変だから気が張っていてかえって冷静沈着に見えたのかもしれませんね。
死のことを考えるとどうしても重たい話になります。ときには重い話もいいですよね。

2016.02.14 20:40 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]
1772:

※1769:ともみさん
そうですね。自分が望まないことは相手も望まない。
そう考えるのが良いですよね。うん。

2016.02.14 20:48 小黒とら #j72wRO66 URL[EDIT]

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