読書感想文 「光あるうち光の中を歩め」

トルストイの「光あるうち光の中を歩め」を読み直しました。

最近は気温も上がって暑くなってますが、まだ湿気が低いので木陰で本を読むのに最高の時期です。

木漏れ日の中で読むといい本です。


光あるうち光の中を歩め


「光あるうち光の中を歩め」は、レフ・トルストイの作品です。ロシア文学ですね。

私は10代の時に読みました。

いまから思うと、読むのが早すぎたかもしれません。10代の時にはあまり染み入らない内容でしたが、いまなら10代の頃より深く染み込んできます。

「光あるうち光の中を歩め」という言葉は、新約聖書のヨハネの福音書の一説にある言葉です。

イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。暗闇があなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」イエスは、これらのことをお話しになると、立ち去って、彼らから身を隠された。(ヨハネの福音書12章35・36節)

ということで、キリスト教がベースになってる文学作品です。


この本を読んだ経緯


私は、典型的な日本の家庭で生まれ育ったので、キリスト教とは縁がありませんでした。

で、なんで10代の時にこの本を読んだのかというと・・・

課題図書だったから、です。

それはさておき、題名「光あるうち光の中を歩め」を覚えていたので最近買ったのですが、それを今日読み直したのです。


何かを始めるに遅すぎることはない


宗教的なことを抜きにして読める本です。

何かを始めるに遅すぎることはないと思える本です。

キリスト教の宗教色が強いので、それが鼻に付くかもしれません。私もすんなり読めた本ではありません。私自身は、まあ、キリスト教的な考えよりは仏教的な考えの持ち主だと思っていますから。

それはそうとして、私が「光あるうち光の中を歩め」から得たものは、「何かを始めるに遅すぎることはない」ということです。それと、一歩踏み出すのは大変だということ。

それと・・・

人は、何かをやらない理由を見つけたがるということ。

何かを始めるのに遅るぎることはない。それはわかっているけど、やらない理由を見つけたがる弱さがある。ということですね。

だから、中年になった今だから染み入る本なんです。

10代の時とは味わい方が違います。


トルストイ


トルストイには「過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ」という名言があります。

これって、仏教的な観念ですね。

過去はすでに過ぎ去って、未来は未だ来ていない。だからただ現に在るところのものを、そのところにおいてよく観察すべしという考えです。

ま、キリスト教でも仏教でも、あるいは無宗教でもいいのですが、ともかく私が思ったのは

何かを始めるのに遅るぎることはない。それはわかっているけど、やらない理由を見つけたがる自分がいる・・・

ということです。

ともかく、いまを大事に生きようと思ったのでした。

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