3.11と3.20に思うこと

3.11は東日本大震災の日です。

わずか6分間の揺れです。揺れの後で人生が大きく変わった人も多いでしょう。

大切な人、大切なものを失って、心に大きな穴が開いた人がたくさんいると思うと、なんと言っていいか言葉がありません。

月並みですが、年月が過去の傷を癒すことを祈るのみです。

悲惨な出来事は、なかった事にはできませんが、終わった事にはできるはずです。忘れるのではなく、受け入れて乗り越えることで、過去にではなく今日と明日に生きることができると思います。被災された方が悲惨な出来事を乗り越えることを願ってます。


3.20は地下鉄サリン事件の日です。

私はこちらの方が私の経験としては重いのです。

地下鉄サリン事件と知ったのは後になってですが、当日、通勤電車を降り、駅の構内を歩いていたときに、私が載っていた線が全線ストップになるという放送が流れました。何が起きたんだろう、なんかヘンだなと思いながら職場に行ったことを覚えています。

めぐり合わせによっては、私も被害者の一人だったかもしれません。被害者数は死者と負傷者を合わせて6,300人近くになります。軽い言葉になってしまいますが、被害にあう、あわないを分けたのは必然ではなく、単なる偶然でしょう。

普段はほとんど意識しませんが、3.11や3.20のことを思うと、もしかしたら死は意外と近いところにあるのかも、と考えたりします。それと、どうしょうもない不運ということも。

私は、3.11以降は好きなものから食べるようになりました。それまでは、好物は最後に残してたんですけどね。

老後のことも心配になりますが、あまり気にしてもしょうがないのかなと思うのです。

人生、なるようにしかならないし、自然体で生きていれば何とかなるもんでしょう。

お知らせ:
今日は、Yahoo!検索で「3.11」というキーワードで検索すると、ひとりにつき10円がYahooから被災地の復興にたずさわる団体へ寄付されるそうです。お時間のある方は、ぜひ。(3.11限定です)

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92:

義父の葬儀から一週間が経ちました。
ICUでの10日間を懸命に生きて、時間の面でも金銭面でも家族に負担をかけずに逝った義父の最期は、まさに理想だなと思います。
周囲を見てみて、一番未来を悲観させるのは長患いと痴呆だなとつくづく痛感します。
『亡くなったことは辛いけど、四人の親の一人をサックリ見送れたあなたに、おめでとう!と乾杯したい』
という言葉をくれた親友に感謝です。
(彼女はお義父様の認知症に悩む一人です)

3.11から4年ですか…。
あの日はミヤ○屋を見ていて、被災地に住む友人を思い、愕然としました。
後日、無事だと連絡が来て、それ以後は被災地からの脱出ルートを模索しては相談を繰り返し、友人一家がなんとかガソリンを調達しながら東京まで逃げてこれたのが、たしか4月に入ってからだったと思います。
これと同じことが阪神淡路の時にもあったんですけどね。
今は子供が首都圏にいるので、直下か南海トラフで同じ思いをするのかなと恐々としています。
そう言いつつも、昨年の同時期に震度5強を経験して、我が家の方が危ないぞと(笑)
純和風の木造家屋なんですが、頭でっかち(瓦が重い)なのは致命傷ですね。
あと、我が家の地域の地盤の緩さも。
(地名はさんずいのオンパレードです、苦笑)
せっかく、主人の両親が遺してくれる土地ですが、義母が亡くなったら移住を考えています。

平々凡々こその幸せを忘れないようにしたいですね。

2015.03.11 17:09 みみん #yLibkmaY URL[EDIT]
93:

※92:みみんさん
いい友達をお持ちですね。その通り、お悔やみとおめでとうだと思います。私の場合は、祖母が長患いでした。幼心にまわりの大人の大変さを感じていました。
天災はいつどこで起きるかわかりませんし、事件、事故で予想外の不幸に見舞われることもあります。
平々凡々の幸せが一番の幸せですね。

2015.03.11 20:29 小黒とら #- URL[EDIT]

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