カテゴリ:難しい問題を考えてみた の記事一覧

気に食わないものを気に食わないと主張するのは、権利ではなく自由では?

思想家で哲学者の東浩紀氏が「衆院選は積極的棄権を」と呼びかけています。[参照]

今回の総選挙は民主主義を破壊している。「積極的棄権」の声を集め、民主主義を問い直したい。そういう趣旨で署名を集めています。

今回は、権利と自由について


積極的棄権


棄権とは、権利を放棄することです。

権利を持っている人は行使するのも放棄するのも自由ですね。誰からも権利の行使を強制されないですし、放棄を強要されることもないです。

だから権利を放棄したいのならご自由に・・・とは思います。

ただ、広く、多くの人に権利の放棄を呼びかけるのはちょっとした違和感を持ちます。


権利と自由


東氏は、「こんな選挙などくだらない、そもそもこんな選挙をするのがまちがっている、すべてごめんだ、という権利が国民にはあるのではないでしょうか。」と問いかけています。

で、私はそういうのは権利ではなく、自由でしょ、って思います。

言論の自由です。


気に食わないと主張するのは権利かな


レストランのメニューが気に食わない。味が期待外れ。

そんなときに、このお店はもうごめんだ!とネットに書き込むのは自由ですが、もし、書き込むのが「権利」だとしたらどうでしょう。つまり、言論が自由ではなく「権利」だとしたら。

権利とは、本来侵されるものではなく、仮に侵害された場合には法律で保護される(救済される)ものです。

たとえば所有権ですね。

他人の土地に勝手に住み着くのは所有者の権利を侵害しています。所有者がしかるべき手続きを取れば、「強制的に」排除することも可能ですし、損害賠償を請求することも可能です。

また、投票することは国民の権利です。

もし誰かが投票を妨害したら、損害賠償ものですね。権利の侵害ですから。

ところで、言論が「権利」だとしたらどうでしょう。基本的にはその権利を侵害してはいけなくなります。


利害が複雑化しそう


言論が権利だとしたら・・・

ブログのコメント欄で、「とらが気に食わない。こんなブログなどくだらない、そもそもこんなブログをするのがまちがっている、すべてごめんだ」と書かれたとします。

で、私がそっとそのコメントを削除したとします。

そうすると書き込んでくれた人の権利を侵害してしまいますね。

くだらないと主張するのも権利で、ブログの管理人として削除するのも権利だとしたら、権利関係が複雑化しそうです。


自由としたいものです


くだらないと主張するのも自由で、いや、そんな捨てたものでもないでしょと反論するのも自由で、コメントを書き込むのも自由で、ブログの管理人として削除するのも自由・・・

って、自由としてとらえた方が息苦しくないですね。

東氏の今回のキャンペーンを巡っては「積極的棄権」に焦点が当たっていますが、私は「権利」のとらえ方に注目しました。

権利、権利って強く出なくてもいい気がするんです。(^^)

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消費税凍結、ベーシックインカム、内部留保課税 すべてを満たす解は?

今日は日本記者クラブ主催の党首討論会をテレビで見ました。

8党の党首が勢揃いです。

率直な印象としては、安倍首相はしっかり準備をしてきた感じです。

希望の党の小池代表は明らかに準備不足。公明党の山口代表は失言がないですね。共産党の志位委員長は今回はそれほど印象に残らない答弁でした。維新の会の松井代表も存在感が発揮できなかったです。

立憲民主党の枝野代表はリベラル野党として存在感を出せそう。社会民主党の吉田党首は時代が止まった感じ。日本のこころの中野代表は歯に衣着せない発言で、聞いていて一番面白かったです。


安倍首相


自民党の安倍総裁は受け答えの準備をちゃんとしてきたという印象を持ちました。

解散の大義、モリカケ疑惑、選挙の勝敗ラインと議席を大きく減らした時の進退問題、経済問題、外交・安全保障問題といった多様な問題に対して、それぞれに失点を少なくする受け答えと、得点をあげる受け答えを使い分けていたように思います。

安倍首相の個人の力量というよりは、スタッフが揃っているんでしょうね。即興でできる受け答えというよりは、入念な想定問答を用意している感じがしました。

今回の討論会だけでなく、選挙戦になったら他にもテレビ討論はあるでしょうし、街頭演説もあります。受け流すこと、強く主張することなど、全体として組織的に想定問答を作っているんでしょうね。


小池代表


一方で、希望の党の小池代表は明らかに準備不足が否めません。

口調はソフトですし、滑舌は安倍首相よりもいいので聞きやすいのですが、いかんせん歯切れが悪いです。首班指名をどうするかは明らかにしないですし、政策の目玉のベーシックインカムにしても財源は明確に示されませんでした。

全体としての戦略が描き切れていない、行き当たりばったりの印象です。

希望の党は、まだ出来たばかりの政党でございますし・・・

という言葉で何回かやり過ごしていました。難しいことはこれから考えるということかなと思いましたが、それでは政策で討論はできないですよね。

消費税凍結やベーシックインカムを掲げるなら、財源も提示して欲しいです。打ち出の小づちなんてないんですから。


財源


消費税を凍結し、ベーシックインカムを導入する。

その財源は・・・

企業の内部留保への課税ですかね。

内部留保への課税が恒久的な財源になるのかなーという疑問があります。また、法人税の見直しではなく、なぜ内部留保への課税なのかも知りたいところです。


すべてを満たす解は?


希望の党は消費税凍結にしても、ベーシックインカムの導入にしても、その財源を内部留保課税で賄うつもりなのでしょうか。

今日の討論会でもその点に質問が出ましたが、小池代表は明確な答えは示していません。

また、ベーシックインカムは年金の社会保障制度を大きく変えるはずです。年金給付をベーシックインカムに置き換えるとすると・・・

年金の保険料を納付してきた人が割を食って、
年金の保険料を納付していない人がベーシックインカムを受け取ることでメリットを享受する

という制度になりかねません。

内部留保課税を財源にするとしても、年金をベーシックインカムに置き換えるときの社会的な公平感まで考慮すると、そう簡単に解ける方程式ではないですよね。複雑すぎる方程式でAIでも解けないかもしれません。

ん・・・

問題が解けないときの決まり文句

「解なし」

ですかね。(^^;

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貯蓄から投資へ 金融庁のロジックに異議あり

村井秀樹・金融担当政務官のインタビュー記事がAERA.netに載っていました。[外部記事]

村井氏は内閣府の金融担当大臣政務官です。

ちなみに金融庁は内閣府の外局で、村井氏は金融庁の政務方のトップ級の人物。なお、事務方のトップは金融庁長官です。

今回は、金融庁のロジックについて


貯蓄から投資へ


「貯蓄から投資へ」で語られるストーリーはこうです。

1. 日本では個人の金融資産に占める株式の比率が低い
2. 米国や英国は株式の比率が高い
3. 過去20年で日本人の金融資産は1.5倍くらいにしかなっていない
4. この間、米国は3.3倍、英国は2.4倍になっている

この違いは、金融資産の運用収益の大小によって生じた差だ。

だから貯蓄から投資だ!

となります。


インタビュー記事を引用


気になる点を引用します。

日米の投資姿勢の違いは「日本人は保守的だけど米国人はリスクを取る」といった文化論で語られがちですが、実は米国でも、かつては日本と似た資産配分でした。劇的に変わったのは、老後向けの資産形成を税制優遇で奨励するIRA(個人退職勘定)が74年に導入され、併せて投資家教育も拡充されてから。そこで得られた投資の成功体験が投資拡大につながりました。

 これに対して、日本の個人投資家には投資の成功体験が足りません。金融事業者が目先の利益を優先したような商品や販売手法を重視したことで、顧客の真の利益が逸失したのかもしれません。


さて、どうでしょう。

私はちょっと違うんじゃない・・・と思ってしまいました。


個人金融資産の増加率


データで検証します。

引用記事では日本と米国は1995年、英国は1997年との比較で、2016年末時点の日本の個人金融資産は1.54倍、米国は3.32倍、英国は2.46倍になったとあります。

増加率を年率換算すると

米国:5.88%
英国:4.85%
日本:2.08%

です。

日本は確かに見劣りしますね。

ところでそれは、「金融事業者が目先の利益を優先したような商品や販売手法を重視したことで、顧客の真の利益が逸失したのかもしれません。」と言えるものなのでしょうか。


株式市場の増加率


一般的な投資家は、自国の株式に投資することが多いです。

米国人なら米国株。日本人なら日本株です。ホームカントリーバイアスです。なので、投資家が国際分散投資ではなく自国株に投資するとしましょう。

さて、日本、米国、英国でそれぞれの株式市場はどうだったか。

MSCIの国別指数で見るとこうなります。NET配当込み、ローカル通貨建て。

FSA.png

ね、どう思いますか。

個人の金融資産の増加と株式市場の増加って関係性が高いですよね。


真の原因は


日本人の金融資産が約20年で米国や英国ほどには増えていないことを考えます。

低成長、低インフレによって個人の所得の伸びが抑えられたこともあるでしょうし、自国株式市場のパフォーマンスの低さもあるでしょう。政策金利の違いもありそうです。

つまりは金融市場とマクロ経済の要因です。

それを、金融機関の素行が良くなくて、「顧客の真の利益が逸失したのかもしれません」とするのは問題のすり替えの気がします。

金融事業者が目先の利益を優先している面はあるでしょうが、マクロ経済の運営に失策はなかったのか、そっちのほうが気になります。


思うこと


一投資家としては、金融庁のロジックは金融庁にとって都合がよすぎると感じます。

かりに金融機関の販売姿勢が変わったとしても、日本経済が低成長、デフレ的で勤労者の賃金が増えない状況、またホームカントリーバイアスが前提ですが、株式のパフォーマンスも見劣りする状況なら、個人の金融資産の増加で米英と差は付き続けるでしょう。

金融機関を悪者にすることで、かえってマクロ的なものが見えにくくなってしまうのではないかな。

金融庁のロジックにはそんな思いを持ちます。

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総選挙 AかNotAかの選択より、AかBかの選択をしたいです

民進党と希望の党が合流するかもしれません。

小池都知事が台風の目なのは間違いないでしょうね。

ただ、小池都知事は話題を集めていますが、票を集められるかは未知数ですね。都議選では都民ファーストに追い風が吹きましたが、さて、衆院選ではどうなるか。

今回は、衆院選の対立の構図を考えてみたいと思います。


選択の構図:AかBか


米国の場合、共和党か民主党かで概ね勢力が拮抗していますね。

共和党は保守的、自国主義的、産業界側というイメージですし、民主党はリベラル、国際協調主義、労働者側というイメージです。

もちろんこう簡単には分類できないですけど、対立軸としては分かりやすいです。それで、この場合、自分たちの主義主張が優れている、相手の主義主張にはこういう欠点があるといった議論がしやすいです。

有権者はAかBかで選択しますね。


選択の構図:AかNotAか


いまの日本は、自民党か、自民党以外かの対立のようです。

AかBか、ではなくて、AかNotAかの選択です。

で、Not自民に小池都知事が現れたということでしょう。民進党は、民進党の独自性で勝負するのではなく、「自民党でない」という点で有権者に選ばれていると思います。なので、Not自民という点では小池知事の希望の党と親和性は高いです。

ところで

AかBかの選択と、AかNotAかの選択では根本的に違うことがあります。


並列と従属


AかBかの選択ならAとBは対等の選択肢です。お互いに独立で、AがなくなってもBは存在しえますし、その逆もあります。

ところが、AかNotAかの選択ならAが主役、NotAは従属する立場です。AがなくなってしまったらNotAは存在基盤を失います。

なので、NotAのスタンスを取る政党はあるところで限界が来る気がします。


思うこと


いまのところ希望の党の理念、哲学、政策実現能力はよく分かりません。また、希望の党にしても民進党にしても、「Not自民」というアイデンティティしか感じられません。

選挙戦ではどの政党も他政党のネガティブキャンペーンに終始するのではなく、他の政党のことはひとまず置いて、愚直に、独自の政策と実現能力を語って欲しいなーと思います。

AかNotAか、それは問題ではないので、AかBかの選択肢を用意して欲しいですね。

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日本型金融排除 預金者の立場で考えたこと

日本型金融排除。

金融庁が作った言葉です。もともと「金融排除」という言葉があって、それに「日本型」を冠したものです。

今回は、金融について難しく考えました。(^^;


金融排除


金融排除の解説をwikipediaから引用します。[参照]

もともとヨーロッパでは低所得層や異民族が社会的に疎外された扱いを受けることを社会的排除(social exclusion)として問題にしていた。その土壌の上で、金融サービスの面でこれらの社会層が排除される問題を金融排除(financial exclusion)と呼ぶようになった。この議論はイギリスから始まり、オーストラリア、カナダ、香港など様々な国や地域で議論されている。


社会的に疎外された扱いって、一歩進むと差別になりますね。

そういうデリケートな社会問題です。本来は。

さて、日本型金融排除ですが、金融庁の資料ではこうなります。[参照]

十分な担保・保証のある先や高い信用力のある先以外に対する金融機関の取組みが十分でないため、企業価値の向上等が実現できていない状況



日本型金融排除と金融庁


金融庁が金融機関に求めているのは、担保主義から事業性(将来性)重視への転換でしょう。

金融庁は、銀行に信用力が劣る企業への融資を増やすことを望んでいるようです。銀行が融資することによって、融資を受けた企業の価値が向上できる。そういうストーリーでしょうね。

一見すると良いことのようですが・・・

預金者の立場で考えてみましょう。


預金者と株主


多くの人は銀行に対しては預金者の立場ですね。

預金者は言い方を変えれば債権者です。債権者は、あらかじめ定められた金利と元本の返済を受ける立場です。株主とは違って、預金者は銀行がいくら儲けても受け取れる利息は増えません。

株主なら銀行が儲ければ配当が増えるかもしれませんし、株価上昇も期待できるでしょう。

預金者と株主では銀行に求めるものが違いますね。


安定が望み


預金者は、銀行に健全な経営を求めます。

無謀な融資で不良債権の山になったり、有価証券投資の失敗で大損して破綻されるのは最悪です。業態は違いますが、リーマンショックは御免です。

頑張り過ぎないでいいから、ね。

審査を甘くして融資を増やして不良債権を抱えるよりも、ガチガチに担保を取って、保証も取って、石橋を叩いて融資をしてよ。信用力の劣ることころに高い金利で貸さなくていいから。信用力の高い大企業に低い金利でもいいじゃない。

どうせ預金の利息はほとんどゼロなんだから。

破綻してペイオフだけは勘弁して。

というのが預金者(債権者)の立場です。

株主の立場なら、チャレンジングな経営で業績を伸ばしてくれて、それで配当が増えたり株価が上昇してくれるのを望みますけどね。


銀行にどこまで求めますか


預金者としては、銀行には潰れないで安定してくれることが望みです。

担保不足で信用力の劣るところに融資して、将来の不良債権の種になっては困ります。マクロ的な視点では預金を取り扱う金融機関は、預金者保護の点からも、金融システムの安定の点からも、健全経営が求められます。

で、率直な思いとして

日本型金融排除を解消する取り組みとして、金融庁がコンサルティングや事業再生支援などを銀行に求めるのは納得できますし、事業性に基づいたた融資も納得できる点はありますが・・・

ただ、それも程度問題なんでしょうね。

預金を集めることができる銀行は、破綻したときの影響が大きいです。

なので、銀行はそれほどリスクの取れる主体とは思えません。

担保不足や信用力の劣る企業への投融資は、別の業態も分散して担うべきだと思いますね。あるいは小口証券化して投資家に持ってもらうとかも含めてです。


思うこと


現状で信用力の劣る企業への融資が不十分だとして、

金融機関が取り組むべき問題もあるでしょうし、バンクローン市場など、信用リスクを広く投資家が保有する仕組みを整備するといった行政側が取り組むべき問題もある気がします。

企業融資をどこが担うのか。信用リスクをどこが負担するのか。

ローンを転売しやすくすると審査が甘くなり、別の問題を引き起こすのはサブプライムローンで学んでいます。仕組み作りは複雑なパズルです。

信用リスクの高い企業が資金調達できる環境を整備するには、行政の国民本位の姿勢も問われているのではないでしょうか。

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